4owase50717-1---ブログ開始に際し、島根からのネタが最初ではなくて三重県の尾鷲市の話から始める---
2015年7月16日:台風に向かって紀州へ

 ブログは初めてなので練習がてら尾鷲をネタに記事を書いてみる。
 7月16日、まもなく台風が本州を横断するとニュースを聞きながら移動。中国道から大阪を抜ける辺りまで良かったが、だんだん風雨が強まって来た。
 でも、大丈夫。昔から雷は窓に貼りついて楽しめる方だし、台風、大雪とかいうと家に居られず出掛けるタイプ。

 お陰で、台風の時とか台風後の河原では、愛車がスタックしてしまい自己脱出の練習ばかりしていた。勿論、四駆。レスキューアイテムは、四輪分のチェーン(スパイク付き)やらエアジャッキ、ワイヤー、ハンドウィンチなど色々。
 えっ?スコップは当然の装備。時には、スペアホイールを外して浮いたタイヤの下に埋め込んで脱出する事も。
 だから、人生もドツボにはまったとしても自己脱出が基本。感じて、考えて、留まって機を待ち、腑に落ちたら(信号が来たら)動く。盲動はしない。そもそも元が臆病なので本当に危ない事はやらない。
 山仕事は臆病くらいの方がよい、と多くの人が言う。でも、何が危ないのかさえ分からない奴が多すぎる。自分の内からの信号を感じられないし、他人からの声も届かない奴が・・・
 その晩は、風雨強い中、亀山のパーキングで車中泊。広いパーキングは大型のトラックで満杯だった。朝は早めに目が覚めたので、早速移動。紀勢自動車 道に入って奥伊勢パーキングで朝食のおにぎりを食べていると、道路保守の方が来られて、「もうすぐ通行止めになります。」とのことを教えてくれた。車が風 に横に流されながらも、強い雨の中を南下していく。

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【紀勢自動車道:紀北パーキング良し】
 翌17日の葬儀は午後からなので、其の前にあちこちを覗く。海山の手前に、紀北パーキングエリアがあったので寄って時間調整。お店の方に尋ねると、6月にオープンしたばかりだそうだ。ヒノキの香りが清々しい建物の中には、もの凄い種類の物産が・・・
  扱い品は、山のものも海のものも充実。オーガニックなものが好きな我々にもそそられるものが沢山ある。無農薬のレモンエキスがあったので、尾鷲行きの後も 野宿旅が続く我々は即買い。兎に角、色々な種類の良さげなものが沢山あるので迷う位。お昼用のサバ寿司のセットやとろろ昆布で巻いたお寿司等も購入した。4owase50717-4


【尾鷲の山】

  朝の8時過ぎに尾鷲着。早速、山に上がってみた。うちの家系の一族は、てんぐら山(天狗倉山522m)という岩山の麓なので、そちらに登っていく。自分は 横浜の生まれ育ちだが、浪人生の頃には何ヶ月も尾鷲で漁師やミカン山もを手伝わせて貰ったりしていたので尾鷲の山が大好きなのだ。40年も前の話、ヒノキ の植え付けも手伝ったので、その後を聞いてみたところ、案の定放置だった。ガッカリ。

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【紀州の沢は大から小まで楽しい】
 島根の山の植生は感覚的に好きなのだが、楽しい?沢が少ない。岩が落ち着かないのだ。紀州の山は植生が違うものの沢や渓が素晴らしい。

 此れ等の写真は尾鷲のてんぐら山(天狗倉山)の麓の方の生活道脇のもの。昔、尾鷲に世話になっていた時に、養殖筏の小割りを組むのに、孟宗竹を伐って筏を作ったのだが、その浜に行く途中の道の脇。


 台風の降雨で水量が多い。一番右は、ヒノキの林の中を流れる小沢。道路脇にこの様な景色が見られると何故か嬉しい。岩に生える苔が地盤が落ち着いている事を示している。


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 翌日の水が治まった時の状態は右の画像の様になる。

 港から10分位のところに此の様な景色が展開されるところが羨ましい。


  尾鷲市からすぐ裏の山に入ればクチスボダムがあり、その奥に車を進めると、直ぐに奈良県に入るが、坂本ダムの周りの景色も凄いところがあり、大台ケ原の裾 の方にも入って行ける。道の途中でも、岩山の奥の方から何段にも重なり、滝が流れ落ちて来る景色が雄大。ただ、今は道が通れるのかどうか。

 また、三重県側では、海山町に向かえば、暴れ川だった銚子川があり、支流の不動谷など荒々しい渓がある。
4owase50717-10 有名なところでは伊勢神宮に注ぐ宮川があり。その源流は大台ケ原の南にある大杉谷となる。
 昔釣りに入った際には、増水痕のゴミや流木等が、水面の5mも上の崖に引っかかっていた。日本でも降水量の多い大台ヶ原山を背負っているのが此の地域。

 さてさて、道路沿いには照葉樹の森が。島根みたいに蔓や蔦に覆われて居ないのは気候の違いなのでしょう。
 植生については、もっと勉強しないとならないのだが、見た目でも島根とは雰囲気は全然異なる。


 
【尾鷲近辺の民有林?は...】
4owase50717-9 しかし、ヒノキ林はシダ類が生えているものの表土が流れ出して根が露出。間伐、枝打ちしていない日本中の放置林と同じ景色が尾鷲でも観られる。

  紀勢自動車道を走っていて、工事に際して周りの人工林が伐採されていたけれど、嫁さんが半端な知識で、「線香林ばかり。。。」、と、つぶやく様に、どこも 手入れをしていないために今後の成長が見込めない樹冠長率の低い(樹高に対して葉の生えている枝がある樹冠の高さの率:30%以下だと成長が出来ないと云 われている)一律細い木ばかり。

 紀州は植林文化が大昔から長く根付いて居るので、一般民間人もそれなりに手入れをしているものと思っていたけれど、うちの親戚共々、儲かると言われて只植えただけだったのだろうか。

 だとすると、やはり底辺からの啓発を怠っていたと言うことになってしまう。

 その辺りから、認識を改めて山造りに取り組まないと、放置林を原因とする災害拡大へ繋がってしまうのではと・・・



4owase50718-14owase50718-2 4owase50718-3 翌18日に紀勢自動車道を走っている最中に嫁さんが撮った道路沿いの画像。





  右の画像にある山の上の林はまだ良いかも知れないが、あとの二枚を見て頂くと解る様に樹冠が少ししかない。通常、林縁(林の端)は、光が当たるので樹冠長 があるために、林内の状態は外からは一見分からないが、伐採をされると林内の状態が明らかに。内側の木は、皆この様な樹冠があまりない状態になっている。

 オフィシャルサイトの「自伐林業への道」のトピックス“2014/7:災害に強い森林づくり講演会&現地アドバイス会”に載せた様に、間伐が為されずに一律に成長して根の深さが同じレベルのひょろ長い急斜面の樹林帯に於いて、短時間の豪雨により根の下側の地中に大量の水が入り込むと、地表から上の過密な植生の重量に耐えられずに一気に斜面崩壊が起こる可能性が高いとのこと。

  此の様な災害発生を防ぐには、間伐を行ない林内に光を入れて下層植生を増やして富栄養化すること、残す良木が生長し易い様に斜面上側の間伐対象木を伐採し ていくのであるが、その際に不良木であっても、根が地面深く入って斜面崩壊を防いでいる木は伐採せずに残しておく事が大事なことだそうだ。

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【たまにはホテル泊】
 いい年取って甲斐性がないために何時もは野宿ばかり。だが、葬儀の後に親戚皆で呑んだ為にホテルをとってくれたので久々に泊る。尾鷲港の直ぐ近くのホテルビオラ。奇麗なホテルでダブルで12000円。朝食は600円で和洋のバイキング。かなり美味しかった。






【もう一度山へ】4owase50718-114owase50718-10
 ゆっくりと休んだ翌日は、ホテルでブログ用の画像の処理をしてから親戚に挨拶へ。

 車は親戚宅に置いて来てあるので、港沿いに歩いて行く。台風も過ぎて天候も落ち着き快復傾向。山がよく見える。



 4owase50718-9挨拶の後、親戚の跡取りと共に山に登る。車の屋根にはラックを設置してあるので展望に便利。また、このラックがあると、山に入ってサルナシなどの山の恵みを採る時にも非常に便利する。
 右は尾鷲の跡取り息子。小さい時には肩車をしてよく遊んだものだが、とても大きく成長したために、「あんにゃん、また肩車してくれ。」と、脅かされたが速やかに断る。
 左は嫁さんだが、申年なので高いところが大好き。枝打ちの6m梯子の上位だと物足りないらしく、先日島根で開催したツリーワークの為のロープクライミングでは、DdRT、SRTの何れの手法でも登らせて貰い自信を深めた様子。
 自伐林家的な材の搬出の際には、何れにしても立木の上の方にアンカーを採る必要があるので、様々な手法で安全に木に登れることは必要。少し修行して貰いましょうか。


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 さてさて、尾鷲の人達は、昔は鰹の一本釣りをやっていて、その後、湾の中で養殖を色々やっていたけれど、その養殖業は大変な原資がかかり、また何かあった時には損失が大きいので数年前に売ってしまったとの事。
 餌代から何から大変なお金が動くからね。40年も前、ハマチの養殖が良かった頃、黒潮に乗って南から藻に着いて流れて来るハマチの稚魚を採りに行くのに乗せて行って貰ったことがある。

 つまり、其の頃は稚魚も自給出来ていたのだが、燃料が高くなったりすれば、稚魚の流通が出来れば、結局は仕入れるという流れになる。そして養殖業も変遷があり、鯛やフグの養殖を行なっていたけれど、湾内での赤潮の発生の元になってしまうことも。
 今残っている事業は、今回亡くなった親玉の四番目の弟が行なっている干物事業が国内幅広く展開している様子。

4owase50718-15 ミカン山も、今は放置状態なったのも競争力が無い事と、子供達は街場の仕事に就いてしまったから面倒を見切れなくなってしまったことが原因だそうだ。また、猿、イノシシ、鹿の害が酷い為に、どこも柵を張っている。

 地元での地産地消や、御用達市場の開拓を行い事業のベース作りがが出来ておらず、大きな市場狙いをしていれば浮き沈みの巾が大きいのは当然の帰結。基本は、全て自分たちの手のコントロール下に於いて展開出来るかどうか。

  他者依存的な意識ではなくて、リスクマネージメントの手立てを自分たちでコントロールしていくのは、山仕事でもビジネスでも同じ基本スタンス。他人がやっ て出来ているから自分もやるという意識レベルでは、安全確保はあり得ない。自分自身が腑に落ちないことはやらないことね。


【千年楠木】4owase50718-4
 尾鷲神社には、大きな楠木がある。千年の樹齢を誇る楠木は其の時間の記憶を刻み込んだ雰囲気がある迫力もの。

 今、自分が住んでいる島根の集落には島根一大きい木として認定されている大楠があるが500年の樹齢。規模から云うと島根の方が大きいが、迫力は尾鷲の方が有る様に見受けられる。
 昔、初めてこの大楠木を観た時には感動した。
 
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 てんぐら山を対岸から見た写真。以前の記憶を思い返せば、木が大きくなったのか、山頂や中腹の大岩があまり目立たなくなっていた。
 また、伐採痕があちこちに見受けられる様になっていた。

  浪人の頃に長居した尾鷲は、その後バイクでツーリングで来たり、また会社員を辞めたあとに中部や東北を釣り歩いて居た時にも居座っていた。その後は、葬儀 の関係で20年くらい前に来て以来だったのだが、此の年齢になると楽しい事よりも、葬祭で来る事になるところがちょっと哀しい。

 それにつけても、親戚の方々と話をすると、40年前というのは結構楽しかった時代なのかも知れないという話し。
 でも、山造りに夢を見ている我々は今でも楽しいのだが・・・それにしても尾鷲の山は勿体ない。