6IMG_8846 超難しいと言われる樹木医さんの試験。その難関を通った人たちは日頃何をやっているのでしょう。お仕事あるのかなあ? なんて考えてしまうのは、島根で知り合いになった樹木医のオジさんたちが何人も居られるのだけれど、樹木医としてお仕事になっている様子があまり見られないから。

 当記事を書く切っ掛けになった出雲の樹木医マッキー氏によると、
『今年の樹木医の一次試験は島根県から4名の方が受験された様です。◯崎さんはその内の一人です。合格おめでとうございます。』
 とのこと。一次試験は夏前、二次試験は秋にあって、一昨年樹木医の資格を取った大田市のH井田さんが秋の二次試験の最中に連絡くれて、筑波に確か1週間位は泊まり込みしているという話を聞いた覚えがある。大変なんだね〜。

 此の◯崎さんという方は、森林組合の若い方で、昨年島根で開催された信州伊那のアウトドアショップKさんのツリークライミング講習も受講されておられる方。
 島根県下の各森林組合の若い方々は皆さん真面目で人柄もいい人が多いので、自分的には結構好きな人たち。皆さん是非合格して下さい。応援してます。


【島根の一般向け環境教育は結構充実】
 島根では県の水源林税を活用した子供たち向けのみーもサマースクールとかみーもスクールがあり、他にも学校の環境教育の中で子供たちのサポートを行ったり、または一般向けの環境教育のイベントもあるが、そういった環境教育では島根県の森林インストラクターの資格が有れば良い。

 この制度は現在休講中だが、9期生まで居る。昔は可成り詰め込みの厳しい講習だったらしいが、近年では年に6日3回の講習に出て課題を提出して認められ受かれば良い。樹木医さんたちは200種と聞いたが、我々は50種の山の木の葉を採取して調べて標本作りをするのが一番大変だったくらい。あとは楽しくて為になる研修ばかり。そして多くの人たちが子供たちの環境教育に携わっている。

 でも、そういった活動をしている方々にも国の森林インストラクターや樹木医の資格を重ねて持っている人たちも少なからず居る。

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6IMG_2360 また、夏前に日本自然保護協会(NACS-J)の自然観察指導員の島根講習会があってうちの嫁さんも参加したのだが、その際の講師やサポートの人たちには知り合いの樹木医の人たちが沢山居られて色々教えて貰ったらしい。

 でも、子供たちの環境教育以外では、大人たち向けの自然観察会で樹木医さんたちの指導を受ける機会が年に1、2回程度。折角の知識と智慧が島根では宝の持ち腐れ手で勿体ないよね。


【移住者から見た島根の自然】
6P1030513 僕等移住者は島根の自然の豊かさには感動する事ばかり。自分が育った頃の横浜なんてど田舎で今の青葉区にある母親6IMG_8516の実家に夏休みに行けばトンボ採りから色々な昆虫採集や川遊びやらやっていたのだが、島根に来てトンボの種類の多さにビックリ。
 観た事も無い知らないトンボが沢山いるし、他にも昆虫も鳥も珍しいものを日常的に沢山見たり、また夜にもフクロウやら聞いたことが無い鳥が鳴いているしね。

 前に住んで居た匹見の家の裏ではモリアオガエルやその卵を見たし、イモリやヤモリは日常的に其処彼処に居る。
 ある時なんて、夜中にガサゴソ音がするので見に行っ6IMG_9393たら、なんとヤマネさんが襖を伝って天井に貼り付いていた。超可愛い。。。

 また、ある晩寝ていたら指の激痛で目が覚めた。またムカデに刺されたかと電気を点けたところ、なんと沢ガニさんだった。別に寝床まで上がって来て勝手に指を攻撃しなくてもいいのにね。

 その沢ガニさんは家の回りにも居るが梅雨時の湿気が多い時期には、家の中の土間を歩いているので気をつけないと踏んでしまう位だった。昔は居酒屋で沢ガニさん食べて居たけど、一緒に生活するとその愛嬌がある動きが可愛くて、とても食べるなんてことは・・・6IMG_18956IMG_8488

 また、生活道では、夕方から夜に掛けて走っていると、熊さんに狸・アナグマ・狐・テン・山ネズミなどなども出没。そして、川がちょっと増水すると、道にツガニ(モクズガニ:写真右、体は手の拳大)さんも出て来る。まだ遭遇していないが、奥出雲の別宅の前の沢にはオオサンショウウオが居るそうだ。

 そして、どこも山野草だけでなく薬草の宝庫だから勉強する事は一杯ある。日々の生活自体が自然観察会みたいな島根暮らしだ。

【島根では自然保護も良いけれど、先ずは山村暮らしの保護が必要?】

6IMG_0678 が、湿気の多い山陰(湿度が100%近い事もしょっちゅう。タンスの中の服も黴びるし...)の山は、何もかも良く育つので蔓や葛や下草が繁茂して、キノコが出るところが少ない。

 密生して人も犬も入れないなるくらいの大藪の里山が多いのだ。そして昔の様に薪炭林として利用されなくなった山がドンドン郷に押して来ていて、手入れされなくなった林が山の獣たちの住処となり、農作物を荒らしまくっている。イノシシ、猿、そして熊さんね。

 匹見など山間地域では、大抵の家が養蜂(和蜂が多い)やっているので、熊さんが狙って家の近くにやって来るし、またテンやイタチが家の中や天井裏に入り込んで糞尿をするわで大変。
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 そんな訳で、山里は電柵とトタンなどの目隠し板で畑や田圃を守らないととても作物を作れない。此方では自給的に暮らすと言っても資材費がそこそこ掛かるのだ。

 その上、耕作放棄地もユンボの様なイノシシが掘りまくって凸凹になり、穴に落ちるので危なくてマトモに草刈も出来ないし、その田畑の復活にはトラクター位では無理でバックホウを使わなければ平にすることも間々ならない。

 大体、イノシシが荒らしまくっていたらダニも一杯居るので、野焼きをして雑草の根から何から焼かないと安心出来ない。

 家を二軒借りているとしょっちゅう草刈に追われている。盛期には2週間に一度は刈らないと茫茫になってしまう。

 また集落の広い田圃の草刈も頼まれているので冬場以外は草刈ばかりやっているような気がする。
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 人間がちょっと弱ったら植物に占拠されてしまう位に草木の生命力は凄い!人間は植物には絶対に敵わないと思う。

 そして、島根はまだ鹿の勢力が押して来ては居ないが、これが神奈川の丹沢や鳥取の智頭町の様に日常街の中に出る様になったら、植林山の再造林も出来なくなる。
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 こちらでは自然保護どころか人間保護しないと、昔の様な平和な農山村暮らしが出来なくなっている。

 里山は人が手を入れて、森林資源を活用しつつ整備して行かないと、動物との共生も出来ずに人間社会が成り立たなくなっているのが現状。
 自然資源を利用活用する術がなかったら持続的循環サイクルなんてとても出来ないって。

 此れは、そもそも里の民家の直ぐ裏まで山林にしてしまったのが間違いのもと。お金になると思ってなんでもかんでも植えたと見えるところが殆どだからね。
 そして、やがてお金にならない世の中になってしまい、高齢化の為に手入れもしていないから家の裏から大藪になっているところが沢山有る。

 昔は労働力として和牛が居たので草が餌になったので林ではなくて草刈り場だった訳だし、木は大事な燃料だったので枝まで奇麗に使われていた。其れが一気に必要なくなってしまったんだよね。

 それから民家裏の木まで高木化させてしまったので危険になり、次世代への負担も増やしてしまっている。昔は庭木は屋根よりも高くするなと言っていたはず。大きくなり過ぎたら普通の人の手には負えない。

 でも、残して上げたい樹も沢山有るのだけど、手間とお金が掛かると自然豊かな島根の人の場合には6IMG_9298伐って処分してしまう方を選ぶだろう。なので、樹木医さんの出番はあまり無いのでは。


【しまね樹木医会】
 そんな想いを持っていたのだが、島根県の造園協会さんの秋のツリークライミング講習会についてメイル打ち合わせをしていたら、開催担当で樹木医でもある造園協会理事のマッキー氏が、
今日は雨ですが、予定していた三瓶山西の原定めの松に逢って来ます。この様な樹木医活動を、この度NPOしまね樹木医会を設立してHPを開設したので暇な時に見てください。http://shimane-jumokuikai.itn21.net/index.html
、と返事をくれた。6IMG_6855


【出雲大社の樹木医さんたち】
 マッキー氏は、島根県自然観察指導員連絡協議会会長である佐藤仁志先生(日本野鳥の会副会長、樹木医)と共に出雲大社の樹のお医者さんをやっておられるので、日頃からどんなことをしているのかな〜?と興味があったのだ。

 早速、「どんなことをされているか見に行きたいのですが如何でしょうか?」、とメッセージを送ってOKを貰ったのだった。

 丁度、其の時は奥出雲圏の雲南市の拠点に居たのでタイミング良し。先週末の土日には嫁さんが宍道のふるさと森林公園で佐藤仁志先生のスギを伐採して甘皮を使って作る原始紙漉きの講習を受け、私の方はというとジット・ネットワークサービスの島根の方々に審査会向けのチェンソーワークの厳しい講習を受けに来て無事終わったところだった。

 で、行って来ました三瓶山、雨の中ちょっと急いで40分程度で西の原の定めの松に到着。


【楽しい三瓶山---縄文時代の杉が見られる】
6IMG_69316IMG_6927 三瓶山は大山讃岐国立公園の属す休火山の独立峰でブナの原生林もある自然豊かなアウトドアフィールドだ。先の自然観察指導員の島根講習も此処で行われた。
 三瓶山がある島根県大田市は、昨年「田舎暮らしの本」という雑誌で『日本「住みたい田舎」ベストランキング』で1位を獲得した地域。

 地元の人はなんで選ばれたか分からないと言っているが、石見銀山が世界遺産になったりして有名になったこともあるかもしれない。あとは旅情豊かな温泉津(ゆのつ)温泉もあるしね。

 自分たち的にここ大田で一番感動したのは、福島の原発事故の後に野宿しながら島根に来た最初の時に寄った三瓶小豆原の埋没林だった。小豆原は4000年前の三瓶山の噴火で流れてきた火砕流でスギの原生林が焼かれ、其の後直ぐに流れて来た水に冷やされた後に埋まってしまったらしい。
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 その地底の残された埋没林の施設を見せて貰ったのだが、確か樹齢が650年の年輪が超密になっている厳しい気候を生き延びた証をもっている樹が見られたのだった。

 縄文時代を生きていた樹が見られるのなんてもの凄い感動でしょ? それも展示の為の作業中に伐ったところ杉の香りがしたそうだ。凄いよね4千年以上も前の材が香るんだもの。

 あと、三瓶自然博物館サヒメルもめっちゃ楽しい。草木から石、化石もある。埋没林から持って来た木もあるし恐竜の化石もあり大人から子供まで楽しめる。

 でも、恐竜の化石や水晶などの鉱石類、アンモナイトなどの貝類などの展示は、奥出雲町にある多根自然博物館の方が凄かったりして。。。ここはメガネのパリーミキの創始者のコレクションを展示しているから非常にマニアックなものが見られるので、こちら方面に来られる方は足を伸ばしてみる価値ありかと。
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 恐竜も凄いが、こんな奇麗な化石や貝も展示。夕食の後に暗めの照明の中で奇麗な展示物をゆっくりと見られるのはなかなかのもの。
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 奥出雲多根自然博物館は上階が宿泊施設になっていてお部屋は上質とは言い難いものの宿泊費は安く、また道路を挟んだ向かいには良いお湯の温泉があり、そこの食事は安くて可成り美味しい。多根自然博物館の最上階にも美味しいレストランがあって、私たちは朝食しか食べた事が無いが、炊きたての仁多米は極上でおかず類も非常に美味しい。


【ついでに島根県西部の益田市匹見町の縄文遺跡】
 さて、横道に逸れるが縄文繋がりで書いてみると、因みにわたしたちが移住した当初3年住んだ匹見杉が有名な匹見町は縄文銀座と言われ、縄文草創期から連綿と後期まにで亘って史跡が発掘される日本でも有数の地域である(縄文時代全期の史跡が発掘されるところは珍しいらしい)。6P1020632
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 わたしたちが住んで居た間にも3500年前と8400年前の遺跡が同じ匹見川の河岸段丘の上下で発掘され調査していたが、何と!調査終了後には近くのトンネル工事の残土処理の為に埋められて後にヘリポートになってしまった。(^^;;
 信じられないことするよね〜。其の癖に人を呼びたいとか交流事業をやりたいとか言って上っ面だけの補助金事業をやっているんだから・・・

 そんな地域なので、わたしが立ち上げた匹見・縄文之森協議会という団体は縄文時代の様な森林の復活をなんて分不相応なことを思って付けた名前なんですけどね。。。名付け失敗したかな〜。

 もう一つの命名の意図は、縄文草創期から後期までの1万6千年の間、大きな戦いが無かった世界でも類のない平和の時代だったらしいから。
 それは、集落の乾いた住み易い場所には高齢者や身障者(大きな怪我をした人たち)の住まいが置かれ、心優しいコミュニティが形成されていた様子。非常に精神レベルの高い文明だったことが伺える。偉いぞ原日本人。

 多分、縄文時代にも日本各地で大きな地殻変動や火山噴火があったり豪雨災害で集落が流されたりして歴史的連続性をもって遺跡が発掘されないのだと思うのだが、其れ以前の縄文時代と言われる文明の直前に地球レベルの自然災害があったのだとオーパーツからも考えられていて、自分も同じ様に思える。

 現代よりも科学が進歩した前文明が崩壊し、其の時に身体一つで逃れた人たちが生きながらえ、やがて落ち着いて暮らせる様になった後でも、以前の様な破壊的なテクノロジーを取り戻す事を自ら止めて、其れよりも自然と共生する平和な文明を営んだのだとも考えられないだろうか。
 現代文明は、地球上に於いて文明が起きては滅んだ歴史の5番目だか6番目に当たるものだと言う。

 彗星が落ちたり大きな地殻変動で地球母さんが身震いすれば文明なんて吹き飛んでしまう事だろう。今の機械化や電子技術化された上での経済及び社会機構だと、ライフラインが無くなってしまったら生き残った人たちは果たして再び同じ文化的生活を取り戻せるのだろうか。

 幸い島根は元は良質の鉄の産地だ。が、果たしてタタラ製鉄が沢山稼働したとしても、鍛冶屋が殆ど居なくなってしまっているから農機具を作る事さえもままならないのが現状だろう。

6P5030024 そもそも、縄文時代というのは僕等が子供の時に習った原始的生活ではなく、縄文時代には既に稲作を行っていた証拠となる遺構が見つかっているし、はたまた縄文土器の芸術レベルの高さや、その上、大木を使った構築物を建てる技術、太平洋に出て行った航海術などがある。

 そこから鑑みれば、質素ではあるが洗練された文明が原始レベルから発達したのではなく、逆に高度な文明を持っていた人たちが天変地異などで根底から崩壊した後に、破壊的テクノロジーをコントロール出来ない人間の業を反省して、必要以上のものはノーサンキューと自然と共に平和に暮らしたと考えても不思議じゃない。

 30数年前に南アルプスの聖岳に登りに行った事があるが、井川ダムから上流の沢には氷河期からの命を繋いで来た大イワナが沢山居て、人が川に入っても足下を泳ぎ回っている位だった。
 そんな最近でもそうなのだから大昔は何れだけ魚が居たんだろう。難しい釣り方なんて要らなかったのでは?

 サケ科の鱒類であるイワナやヤマメを採る時には、夜陰にまぎれて岩の陰に休んでいる時を狙い、手を冷やして水温と同程度にしてから腹側から掬うと良いと言う。

 堰堤やダムの無かった頃は、海からサケや大きくなったマス類が沢山遡上していた事は明らかなので、簡単に突いて捕ったり、簡単な仕掛けで捕る事が出来たであろう。きっと遺跡から出る様な動物の骨で作った粗雑な造りの鈎でも簡単にデカい魚を釣る事が出来たんだよね。技術が稚拙だったのではなくて、それで充分だったという訳。

 他にもウナギやハゼ類、ツガニも居るし、川で充分に旨いものを調達出来た。それにこの辺は海と山が近いので、海に行けば美味しい貝が沢山採れただろう。
 此方では時期になるとスーパーに並ぶ、岩場に付く亀の手(地蔵の手ともタカノツメとも言う)は、塩水で茹でて食べるのだが、貝の中でも大好きな部類で幾らでも食べられる位に旨い。

 日本海に面する益田から匹見の山の方まで30数kmだが、標高差のお陰で数週間から一ヶ月近い期間、季節を長く味わえる。つまり、麓の方で春が終わっても、山を上がれば未だ春の真っ盛りという訳だから、一カ所に留まっていないで住処を移動して行けば、何時も旨いモノだらけと言う訳ね。

 縄文人ってグルメだったと言われているけど、美味しくて精が強い自然の恵みを旬に食べていれば、何よりも幸せだし身体も強いよね。

 其れに、昔は寒かったと言うけれど、昔の人たちは生命力のあるものを食べて居たので、腸内常在菌も活躍していて身体の熱を出し易かったのだと思う。菌が出す酵素の種類とバランスが良かったので蘇生的なエネルギー供給が出来ていたのでは。
 其れに、薪が出す遠赤外線の暖かさは、今の暖房の比じゃないし、この遠赤外線というある波長域の電磁波で身体の常在菌も活性化したのだと思う。

 菌は電気的刺激で活性する。例えば菌類のキノコだが、山のキノコもホダ木に出る原木キノコも近くに落雷があると途端に沢山生えて大きくなる。だから人によってはホダ木に高電圧を掛けたりする場合もある。

 人間の場合には遠赤外線の内の育成光線と言われる波長の電磁波を受けると菌が活性化して酵素を出すみたいだ。何故なら、匹見の山棲みの冬に炭火での掘り炬燵生活していると身体がポカポカしていて零下になる家でも全然大丈夫だったし、隣のお婆ちゃんなんか、うちの家と100m離れていたんだけど、雪が積もる中を裸足で下駄でやって来るしね。

 此の70歳半ばのお婆ちゃんの昔話を聞くと其れも納得。昔35km程離れた益田の街の美容院に行くのに、雪の中、子供を背負って10km離れた国道のバス停まで歩いて往復していたんだと。集落の人たちはみんなそんなだったらしい。ひ弱な我々とは身体の造りが全然違うみたいだ。

 それに、明治時代に日本に上陸した外国人たちは、身体が小さい日本人のタフさにビックリしたらしいから、大昔の縄文人はもっともっとタフで獣並みの生命力と免疫力があったのではなかろうか。なので、今の自分たちの基準で幸不幸を考えるのはちょっと違うかも。

 さて、三瓶山の縄文杉の話から大分樹木医さんについての件と逸れてしまったけど、自然豊かな島根の山奥生活の様子についてはご理解頂けたと思う。えっ、何の意味があるんだって。。。いや、あのその〜、縄文時代の精神を取り戻して、今の蘇生的なテクノロジーを適正に運用すれば、楽に豊かに美味しく自然と共に暮らせるんじゃないかなーと思って・・・
 そうすれば樹木医さんたちも、その智慧とノウハウで沢山活躍する場面が出ると、、、よいね。

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【定めの松の現場から】
 さてと、話を元に戻して、樹木医のマッキー氏はなにをやろうとしていたのでしょう。
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 定めの松の下の敷地に沢山孔を開けている。軽トラに積んで来た発電機を回して大きなドリルで孔をあけるのだった。
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 其の次に取り出したのがこれ。

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 取り出した此のボトルには、「ヌメリイグチ菌」と書いてある。わたくしヌメリイグチは好物である。神奈川に居る時には富士山や奥多摩をキノコを求めて彷徨っていたのだが、島根に来てからはキノコ採りはサッパリだったので、ヌメリイグチの文字を見て色めき立った。
 でも、此れは食べる方のものではなくて、液で樹勢を回復する為に使うものなのだが果たして?

 その上、更に見せてくれたのがこちら。納豆菌。わたくしも嫁も納豆は大好物である。油揚げに納豆を詰めて焼いた納豆袋詰めなんて大好きだし、納豆の天ぷらも絶品大好きなのだ。これは良い納豆だと、揚げて熱が通るとトロッとチーズの様な舌触りになるのだが、タンパク質が熱で変質して更に味わい深くなる。納豆好きな方はやってみて!

 二つも好物が続出したけど、残念ながら此れは液。納豆菌は、100倍希釈と書いてあるけど、納豆菌てもの凄く強いんですよね。

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 此れ等を字面に注入するそうだ。


 使う道具はこちら。

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 孔を開けたところに此の大きな注射針で地面に此れ等の希釈液を注入して行くらしい・。

 その前に地面には細かい黒いものが沢山見られる。敷地全体に確か松炭だったと思うけど、撒いてある。


 炭の結晶の空隙に菌が活着し易いからだ。松炭は柔らかい炭で、鍛冶屋でフイゴで風を送って使うには火力の調整がし易くて扱い易い炭だ。
 つまり、備長炭の様に1100度とか高温で焼いた白炭ではなく、柔らかい黒炭なので結晶の空隙が大きく菌根菌育成にはピッタリなのだろう。

 わたしたちが島根森林インストラクターの養成講座で佐藤仁志先生に教わったのは、『菌根菌は宿主植物から栄養をもらう代わりに、植物の根に対しリン等の吸収促進や耐病性の向上、水分吸収の促進、耐寒性の向上などをもたらすことが知られている。』、と言うことだった。そして『炭と菌根菌は非常に相性がよく、細根を伸ばす際に炭の中で菌糸が広がりやすく、菌根菌を活用したマツの樹勢回復に効果が高いことが分かってきています。』とのこと。

6IMG_9306 その松炭が沢山撒かれている敷地、つまり樹木は枝と同じ分だけ自分を支える根が広く張り巡っているので、そのエリア全体に此れ等の菌を注入するのが本日のお仕事だそうだ。

 その毎年の樹勢の変化は、右画像の様に選定してある幾つかの枝の成長を定期サンプリングして様子を診ているとのこと。


 朝、見学依頼の電話をしたときに、『大した事はしないよ。』、とマッキー氏に言われたのだが、作業は繰り返し作業なので見ていて面白い訳ではないが、どんなアプローチをしているのか解って面白かった。

 「でも、仕事ってそんなにないんでしょ?」、とわたし。『う〜ん、そうね。でも、年間一千万円くらいはあるよ。』、とマッキー氏。
 でも、マッキー氏は大きな会社に勤めての仕事だから、島根全体でのボリュームも、もうちょっと足した位しか無いんじゃないだろうか。
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【樹木医さんから特別レクチャ】
 さて、そんなお仕事内容を押し掛け見学をして説明を受けたが、なかなか帰らないわたしたち夫婦にサービスの説明をしてくれた。

 此方は定めのマツの根のところのウロだが沢山石を抱えている。

 マツは元々栄養が無い水はけの良いところに生えていて、岩を根酸で溶かして根を張って行く樹だったはず(マッキー氏によると其れも菌の酵素が有ってのことと)。6IMG_9301
 
 そのマツが溶かした岩のミネラル分が山を流れ落ちて(山に自然生えのマツは尾根部とかの風通しが良いところが多い)、斜面下に生えているヒノキの栄養になり、さらに水気が多いところでも大丈夫なもっと斜面下の杉林に流れて行くという栄養の流れで、山のミネラルの樹木への循環が行われていた(今は松枯れで×)、と大分前の記事に書いた災害に強い森林づくり委員の田中賢治氏(国土防災技術株式会社執行役員、島根林業士会会長)が言っておられた記憶がある。

 だからマツは岩が好きという訳ではなくて、マッキー氏によれば、この地帯は冬は雪が可成り積もるところであり、マツは旅人の道標として植えられたので、雪に埋もれても大丈夫なように最初に岩を高く積み上げて、其処に植樹さ6IMG_9305れたのでは無いかという話しだった。

 それで岩を抱えて居るのだが、回りの岩は400年にも亘る長期に流されたのだろうということらしい。











【定めの松の生態系】
6IMG_9302 マッキー氏がこっちこっちと手招きをする。木の皮に付いた細長い白いものを採って見せてくれた。

 なーんと、蛇の抜け殻だ。それも、見たことの無い20cm強くらいの長さの細いもの。

 よく観ると松の彼方此方にいっぱい付いている。

 右画像の手からぶら下がっている白い紐状のものがそうなのだが、木肌を観ると他にも付いているのが分かるかも。











6IMG_9311 此方の画像の方がよく解るだろうか。彼方此方に切れ端がいっぱい付いている。


 この定めの松には主の様な大蛇が住んでいるらしい。
 その子供たちの抜け殻なのだけど、蛇ってこんなに小さいうちに脱皮するんでしたっけ?


 普通に見るのはもっと大きく太くなってからなんだけど、それは普通の野原や家の周りだと気がつかないだけ?


 それから此の松には主の様なカラスが住んでいるそうだ。


 ここのマツの周りで生態系みたいなものが出来ているのではとのこと。


 後日、天気のいい日に通りかかったので撮影してみた。
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 三瓶山は気持ちが良いね〜。家族で遊ぶのにも楽しいところ。ドライブも気持ちが良い。



 『大体、道路を樹の側に通すのがいけないんだよね。』、とマッキー氏。そりゃ根が傷んで樹に悪いもの。
 なんで、こんな近くに道路を通したのか分からないよねと。


 こんなに直ぐ脇だものね。下の写真を観て貰えば分かる。僕等は登山するときも登山道に出ている根は出来るだけ踏まないようにするのにね。
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 登山道でも、みんなで踏めば樹はどんどん弱る。山は良いなあ、緑が素晴らしい!とか言って、やっていることは自然破壊だったり樹や植物を傷めることだったり(だって、おばさんたちも、「きゃあ、可愛い!」とかいって高山植物お持ち帰りしているし)。

 でも、そんなのは戦後になって西洋式登山靴が流行ってからじゃないの?と思う。

 日本人て、昔から草鞋などだったし、山仕事も地下足袋だったもんね。日本の暑い湿気が多い夏は地下足袋じゃなきゃやっていられないし。
 柔らかい地下足袋ならば木の根を傷めることも少ないでしょう。

 大体、日本人て臑が短くて足首が太くて骨が頑丈だから、足首をガードするための西欧式登山靴なんてなくても、何十kgもの重たい荷物を担ぎ上げる歩荷(ぼっか)も平気だったもんね。

 昔観た記憶があるんだけど、ヒマラヤ登山のサポートをしているシェルパ族ってサンダルみたいなもので山登っていなかっただろうか。それから、昔フジの番組でグレートジャーニーという関野さんというお医者さんが人類が辿ったというアフリカから南米の最南端のパタゴニアへのルートを逆に辿る人力での旅のサポートをやっていた友達が居るんだけど、その彼がアンデスの何処かの4000m級の山に登るのに、現地の人たちはサンダルで登っているから自分もサンダルで登ったと言っていた。

 だから冬山以外はもっと柔らかい履物で山を歩けば良いよね。でも、その登山の最中に、そんなものだと足を痛めるから止めろという余計な忠告をするのは、みな日本人だったとか。バカだよね〜。軽くて楽で、足裏全体でグリップ出来るからどんな地形にも対応出来る優れものが日本にはあるのにね。サンダルだって、足首ホールドのあるやつはしっかりしているし。。。

 わたしは昔よく沢登りをやっていて足下はフェルト底だったけど、アプローチも下山もフェルト底で問題無しだった。たまにスリップダウンするけど不意な出来事に対する体勢が出来ているから平気だし、あまりに雨で泥濘った場合には靴用のチェーンを使っていたので問題無しだった(草つきの泥壁を登攀するときもチェーンを使う)。その方が、樹に優しいでしょ。
 関係無いけど、縄文時代の人たちって何を履いていたんだろう?

 ところで、上の写真で、道路の此方側に写っている小さいマツは、手前にあった定めの松と対のマツが松食い虫で枯死したあとに佐藤仁志先生が10年くらい前に接ぎ木した二世松だそうだ。元気に育っている。
 

【島根県森林インストラクター制度のご紹介】
 島根県の森林インストラクター制度は、県の予算の関係か只今募集していない。スンマセン。僕等は九期生で26年度に受講。26名くらいだったかな。昨年度、今年度とも開かれていないが、好きな人には超楽しいので、また再開されたなら是非受講を薦めたい。内容は其れなりに素晴らしいが、ユルい島根なのでどちらかというと楽しいことばかり。(^-^;;

 それよりも、参加している人たちが皆さん同じ方を向いているし人柄も良いので一緒に学んだり共同作業をしているのが楽しくて仕方が無かった。1年で6日だけ一緒だったのだが、終わってしまい残念な気持ちに。でも、その後もスキルアップ研修が年に数回行われているので、参加すれば一緒になることもある。また、自分たちよりも前の先輩たちも素敵なひとが多いので交流も楽しい。

 また、自分たちも所属している松江のNPO、もりふれ倶楽部のメンバーは島根森林インストラクターの資格を持っている人が多いので、よく顔をあわす人も沢山いる。

 6IMG_1755さて、メインの講師は佐藤仁志先生。他にも内容によって入れ替わり立ち替わり色々な方が講師を務めて下さる。キノコの先生、炭焼きの先生、大工の先生などなど。

 チェンソーワークと刈り払い機運用(但し、触り程度)は他のページにも記事にしているジット・ネットワークサービスの島根のメンバーが担当。つまり国内トップ級の精神に触れられるということ。




 ところで樹木医の佐藤仁志先生は日本野鳥の会副会長だが理事長でもあるので、COP-10(生物多様性条約第10回締約国会議)にも出席されていたりする。
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 その野鳥の会繋がりで、一昨年の高円宮家の次女の方と出雲大社の権宮司の千家国麿さんの結婚式の際にもご出席されたので、その引き出物を講習会の懇親会の際に見せて頂けた。

 女性たちはもうキャアキャア言って観ていたが、どれも流石に良いものばかりだった(後から聞いたところ、佐藤先生が此れ等引き出物のお菓子やお酒を女性だけに内緒で振る舞ったらしい)。



 それで、佐藤先生は音楽から何から多趣味だし教養深いので色々振る舞って下さる。ご自分でブレンドした薬草茶とか色々あるのだが、懇親会のあとは何時もこれ。
 ご自分の登り窯で焼いた器でのお抹茶。そしてお菓子も自前で持ってきて下さるのだが、此れが美味しい。流石松江の方。マッキー氏もお茶の師範なので、その立派な指で繊細なお茶を点ててくれる。
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 受講者も茶道をやっている人が多いので、懇親会の最後はお茶会で締め。楽しいなあ島根森林インストラクター講習。

 でも、お勉強もしっかりやる。


【お勉強内容の一部】
6IMG_2396 この時は秋だったので、キノコの先生の講習を受けて、実際にキノコ採りへフィールドに出る。


 そして採って来たキノコを同定してお昼に食べてしまう。







 昼食後のちょっと眠くなったところで佐藤先生の講義。
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 此の辺りの講義が、そのまま先に書いたマッキー氏の定めの松のお手当につながる。












 出雲大社の施行例を含めた樹木医さんのお仕事の成果。
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 生態系の中の菌の働きについても大事だが、我々を含めた生物はみな菌(微生物)によって生かされている。

 体中には腸内常在菌だけでなく様々な菌がいて、それから居て酵素を出してくれているからこそ、生体が機能している。



 身体に良い菌がバランス良く居ることが大事なので、やたら殺菌したら不味いんだよね。

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 そして生物多様性が損なわれている話。

 此のままでは、人類が絶滅危惧種になるという話は無かったが。









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 種の多様性もそうだけど、相似的に考えて、人種の多様性とか宗教の多様性、価値観の多様性を受入れることが出来ない人間に、この種の多様性維持の危機が実感出来るわけないじゃん、というのが感想。

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 此れは前述の文明の盛衰が現代は六回目という話とは別な話。









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 日本の里山ですよね〜!何で日本の里山が良いかと言うと、其処に存在する生命の都合を考えつつ場を整えているから。

 これは、脳生理学で出る話で、日本以外の人の脳は昆虫の鳴き声を只の音、ノイズとして捉えるけど、日本人、つまり日本の国土に長く住んでいる人たちは其処にメッセージや想いを感じ取るというもの。右脳の機能の違いがある。
 日本人て昔から山や樹、川や岩に精霊を感じて生きてきた人種(でも、そういった精霊に関しては世界中でも同様なんだけどね)。
 そして、今や日本のアニメや歌が世界に受入れられることが増えてきたのはなぜ?
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 さて、縄文時代って、どんな集落で周りの山はどうだったのだろう。

 川沿いを移動することが多かったのだろうか、それともサンカの人たちみたいに尾根沿いを移動したのだろうか。





【此れはショック!---「中国地方はなぜ植生自然度が低いのか?」】
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 島根に来て広葉樹率がもの凄く高くて喜んでいたんだが。


 20数年前、会社勤めを辞めた後に東北六県を一ヶ月半掛けて山旅をした。山で釣りをしながら山奥ばかりで暮らしていたが、国有林や人が入れない山奥には自然林が残っていたものの、里山は植林ばかりだった。

 その上、林道沿いは奇麗だったが、其処から奥に入ると違法伐採ではないかと思われる皆伐が行われていて地表がむき出しだったところが見受けられた県もあった。

 当時は北海道の原生林に於いても林野庁が関わったと言われる原生林伐採が行われていた時期だった。
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 ところが、島根の里山は針葉樹の植林率が低く、広葉樹率が他県に無い程にまとまっていて景観が素晴らしいところばかり。

 その上、中国山地の西の端の方で、山口に入ると植生が変わって来るのだが、島根の場合には落葉広葉樹が沢山ある山々の春と紅葉の時季の景色は爆発する様な色とりどりの樹に囲まれて其れは素晴らしい。

 それが里山、集落の直ぐ裏から始まるのだから美しい。

 自然林とか原生林と言う言葉の定義から始めないと行き違いばかりになるので此処では論じないが、島根の広葉樹林帯はタタラ及び薪炭のために活用されていたと言うことになるのかと。
 もののけ姫って、タタラ製鉄が関わる話だったんだ。
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 そしてタタラ製鉄についてだが、山の木を膨大な量、薪にして使うのだが、鉄穴(かんな)流しと言って、山の上に溜めた水を山に沿って流しつつ山砂に入っている砂鉄を取り出す為に地形がどんどん変わって行ってしまう。

 島根の各地でも盛んに行われていたのだが、島根の落ち着いた集落の景色は、この鉄穴流しによって成立している。

 右画像は、邑南町の町並。ポツポツと集落の間に残っている林が鉄穴流しで残った山の名残。

 邑南町は、都会からの移住者が憧れる様な田舎暮らしの入門的な美しさと街機能があるところ。標高は大して高く無いが、タイミングによっては雲海に沈む街の景色が見られる美しい街。此処は移住初心者にお薦めです。但し、街的なところに暮らすことはあくまでもお金中心の生活であることは仕方が無いこと。

 それにしても奥出雲圏もそうなんだけど、美しい広葉樹林の山々を抱く整った景色の集落は、実は鉄穴流しによって人の手が入ったものだったという訳。だから何となく馴染み易い景色なんだね。あれも里山だったのか、、、という感じ。


【造園協会さんも木登りを】
 そして昨年は島根の造園協会さんは安全な樹上作業のためのツリークライミングの基礎講習を行った。6IMG_25656IMG_2590










 そしてマッキー氏も初体験にして上手に登る。
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 二日間、小雨降る中の講習になってしまったが、皆さん庭師のプロばかりで全然気にする様子もなかった。
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 皆さん、二日目の最後の方はガンガンと積極的に登っておられた。




























 講師は信州伊那市のアウトドアショップKの木下氏と、兵庫のツリースリーの若手キノボリストの戸出氏。そして地元雲南市のエキスパートの堀江氏の皆さんだった。
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 今年も開催予定だがどうなることだろう。

 造園協会の研修の後には、ロープスプライシングの講習を宍道のふるさと森林公園で行う予定。11月の3、4日を計画している。







 島根の樹木医さんのお話でした。色々な話を盛り込んでしまい無理がありましたですかね。。。

以上