新年明けましておめでとうございます! 毎年年末は忙しくて年賀状作りを正月に行うのが恒例になってしまっています。
 怠け者の節句働みたいなものでしょう。皆さん、年賀状を早く下さるのに、此方がお出しするのが遅くて恐縮しております。お正月が終わってから届いた方々ごめんなさい。
 と言うことで、ブログに載せるのが一番早かったりして・・・
2019年賀葉書-[案]
































 さて、世の中いつどんなことが起きてもおかしくない感じになってきました。自分たちのことは自分たちで守る。これしかないでしょう。

 昔から自給は自衛と唱えつつ様々な体制作りをして参りましたし、自治体にもそういったお話をして、先ずは地域ごとの森林の整備と資源活用を行う小さな林業で山を守ろうと島根に来た最初の年の7年前から協議会を立ち上げて活動をしてきています。
 森林バイオマス資源の活用のためのサプライチェーンが整い、バイオマス資源を燃料とする施設が稼働していればライフラインがストップしても直ぐには困らないですからね。

 今では業務用の薪ボイラーも日本中で安定して動いていますし、小規模のコー・ジェネレーションの熱電併給のバイオマス発電プラントも実績が増えてきています。太陽光発電は償却期間が終わったソーラーパネルの処分に猛毒が発生するそうなので今後どうなのかは解りませんが、それよりも自宅でのガス発電はすでに実用化されています。個人宅で、ガス発電と太陽光発電で日常の電気とお湯を賄うことができるシステムが既に普及中なんですよね。
 大手電力会社のロスが多い送電基盤がなくてもスタンドアロンで生活ができるものが既に使われている地域もあります。

 自治体だって、災害時に住民が自分たちで生き延びて自治をしていてくれれば負担は少なくなります。(一昔前の?)日本人は連携しての共同作業、助け合いが得意でしたからね。災害時の混乱の少なさは日本の良さでしょう。

 ところが、逆の見方をすれば自立意識に乏しく、他から主導されないと動けないという日本人の特性が国全体に根強く染み付いていますから、日本人の集合無意識の部分での解決しなければいけないテーマがあるのでしょう。外からの圧力や、何かことが起きないと動こうとしないんですよね。島根は特にお上意識が強くて、自分たちから良い事をしようとか仲間で連携して改革的なことをしようと意識はほんとに希薄です。

 さてさて、農は一年単位で結果が出ますし、自分たちが食べることくらいのことは難しいことではありません(自然て有り難いですね)。でも山の事となると、道具は要るし、それなりの難しい技術は必要だし、さらに経験値はもっと必要で、場合によっては生死を分けます。

 昔の農山村暮らしの人たちは、山も農もやりつつ暮らしていたわけです。我々も倣って何でも出来るようになれば選択肢が広がります。
 ましてや、いまは色々な優れたポータブルな道具類や高強度の繊維ロープなどの機材が揃っています。しっかりとした安全教育を受ければ、女の子でも太い木を切って里まで搬出が可能になっています。

 そして、いまでは様々の道具の技術講習が一般市民向けに各地で開催されています。センスのある人たちならば一対一で山や木に相対して、保全や整備、資源活用が可能です。
 また、グループでの取り組みも増えていますし、助成金を上手くつかって小規模の山仕事のための機材を導入しているところもどんどん多くなっています。
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 わたしは、山仕事の「スーパー素人」、が大勢育つことで、本当の意味での森林保全や資源活用に繋がると考えています。20年前に、今の木の駅プロジェクトのベースの考え方にもなっているはずの本(そして森林塾の内容)、「山造り承ります」に島崎先生が書かれている様に、素人山主が増えたことを原因として事業体に山のことを丸投げしてきたことの反動が今出ているのだろうと思われます。
 山主が山のことを知らず、また知ろうともせずに人任せにしたから利益優先の事業者(や行政)の都合が良い様にされてしまい、本来の意味での森林や、また森林が持つ機能を維持できていないのではないでしょうか。
 そういった事を防ぐには山主とともに一般市民が知恵深くならないとなりません。また、知恵深くなるだけではなく、自分たちでも現場をやってみなければ、実際のところは解りません。
 国、自治体、企業、団体、なんでもそうですけど、構成する底辺の人たちが賢くなければ、その組織の中身はたかが知れています。先ずは自分自身が賢くなることです。

 また、災害時及び社会変動時に於いても身の回りの大事を小事に抑えることにも繋がると考えています。重たいものを安全に的確に動かすためには、道具だけでなく技術も必要ですが、経験や応用力も大事です。

 そういった混乱時には、重機頼りでは現場の処理が間に合わないかも知れません。重機自体が現場に辿り着けないかも知れません。我々が行っている自伐的(木の駅的?)な小さい山仕事は、ポータブルな機材を活用して重たいものを動かす経験と智慧の蓄積です。
 ですから、わたしが作っている講習テキストの表紙にはこのスーパー素人を育てるため、というセンテンスが入っています。

 当協議会では、特殊伐採の道具類や高強度繊維ロープなどを使用する最先端のノウハウを取り入れた様々な手法の掛かり木処理から、木に登らないでアンカーを樹上に設置する方法などを駆使した集材・搬出方法の講習を行っています。

 高強度の繊維ロープとワイヤーロープを併用した手法であれば、体力のない人たちでも取り組みが可能になりますし、ひいては安全度も高まります。

 林業は危ない!それは確かです。でも、経験したり調べてみれば、其処には???がつく内容が沢山あります。
 道具もろくに用意せず、いざという時のバックアップの手立ても採らずに、期待だけで力づくの作業をするから破綻します。
 事業体の場合には作業内容と機器、道具類の保守点検について自分のコントロール外の場合もありますからなんとも言えませんが、個人や仲間たち少人数で行う作業では、いかに自分たちのコントロール下において作業するかがキーでしょう。それが、小さな林業、山仕事の利点ですね。

 世の中には、危ない遊び、スポーツを好む人が沢山います。エキストリーム的な遊びは特にアメリカ人とかは好きですよね。色々な遊び(そして道具)を開発します。
 ただ、彼らはロジカルです。唯の蛮勇ではなくて積み重ねてステップアップしていくしバックアップも考えています。日本人より・・・というのは、日本人はロジカルに考えられずに感情論で突っ走って玉砕してしまう特性が強くありますから。

 で、こういったエキストリーム的な事にチャレンジしてきた人たちにとって、智慧深い道具類を駆使しての林業(特に特殊伐採など)は、それまでやって来たことの延長線上のものに見えます。
 スピードが速く、展開が予測しにくいエキストリームスポーツをやった人ならば、地上での伐採や集材作業の時間軸はスローに見えることでしょう。危険な事象に対しての見切りや身体反応に余裕があります。あとは、経験値を増やすだけですね。

 ところで、林業は向き不向きが厳然とあります。特に戦後の左脳偏重教育によって、右脳が活性化しておらずイメイジ力が貧困で、空間把握能力や時間軸上の因果関係を直感的に閃かない人、またエゴが強くて自分の頭で理解したことしかやらない人にとっては、不確定要素が多い山での現場仕事は難しく、また他人との連携も採れないので他の人の迷惑にもなります。

 でも、自伐型や木の駅プロジェクト、そして趣味の薪材収集などでは、生活が掛かる様なノルマや時間制限はないですし、自分だけでも現場をできますから自分のペースややり方で作業を行うことも可能です。

 何が危ないかを知ること。疑問が頭に浮かんだら一旦作業をストップすること。結果でなくプロセス(作業方法や問題解決方法の構築)を大事にして、力づくで作業をしない様にしましょう。
 今まで事故や怪我なくやって来た人でも、山では魔がさすことがあります。エネルギーフィールドが乱れているエリアもあります。

 ましてや、ストレス発散のために木を伐る(殺す)なんてことは自分のためにもやめた方が良いです。大義をもって手を合わせながら感謝とともに山と相対しましょうね。
 不満や文句を抱え込んだ人(または生活のために嫌々山仕事をしている人)とは、一緒に作業をしないようにしましょう。

 自伐型や木の駅の人たちは、山を守るという大義の元で皆で楽しく作業をするから事故が少ないのだと思います。でも、それでも事故は起こっています。そしてその事故は、日本中のそういった活動全体に水を挿しますから、自分だけの問題ではないことを肝に命じましょう。

 近代の風潮に対して指摘された言葉に「今だけ・金だけ・自分だけ」、と言うものがあります。なるほど、と私は得心するものがありますが、年寄りから若い人まで、そういった種類の人たちが沢山居られます。

 でも、これからの様な文明のリセット期間に入る様な世の中では、そういった人たちはますます生き難くなるのではないでしょうか。
 そのリセット期間には、通貨も電気もエネルギーも長期間ストップすることも充分に考えられます。

 もしかすると、未来は明るいかも知れませんが、今までの後始末をつけなければいけない時期にとっくに突入しています。
 その時に、人との繋がり、地域との繋がり、自然との繋がりをどれだけ持てているかどうかが前向きに生きられるかどうかの端境ではないかと思います。

 自然を前に感謝ができるマインドレベルの高い人たち、何かを差し出せる(シェアできる)手立てを身につけた人たち、全体のことを感じ考えられる人たち、何もないところから生み出し、創り出せる人たち。
 その様な人たちのネットワークが有機的に繋がっていくことで社会や国が良い形で再構築されていくと良いな、と願います。

 自伐型とか木の駅などの取り組みは、農の元となる山(水の浄化システム、自然栄養素や菌の宝庫、大気循環システム、精霊が住む処?)を守ること目的に、一般市民や山主さんたちの意識向上と問題取り組みへの素晴らしい道筋だと思います。

 そして、右脳と左脳をバランス良く高度に働かせるとともに、身体意識の活性化、肉体の活性化にも繋がる全人的な能力開発にも適していると思っています。

 また、どこかで記事を立ち上げたいですが、自伐的に山に取り組んで来た先達たち(橋本さん達や島根の人たちにも居られる)に話を伺っても、山で怪我をしたことがない人たちが少なからず居られます。
 そして、その何の方と接しても、人格者であり自然体であり、他の生命に対して優しくあり、山や自然に対しても感謝の気持ちを持って居られることを感じられるのです。

 どんな分野でもそうでしょうけれど、人間性を錬成することになる取り組み姿勢は大事ですが、こと森林の保全や整備は自分だけに留まらず、また狭い地域だけでなく、その影響は広範囲であり、さらに言えば地球霊とも相対することにも繋がるのではないでしょうか(わたくしめ因みに宗教はやっていませんが、お日様や山は拝んでいます)。

 そのために、山に取り組み、そして突き抜けた方々には素晴らしい人格的なものを感じるのです。目標にしたいですね。

 皆様の作業のご安全をお祈りしております。本年もよろしくお願いを致します。